Gioielli Poetici

by | 12/02/2019 | Prologue

伊藤治子 (Haruko Ito)

親愛なる治子さん

女子美の陶芸科を卒業され、ミラノにいらっしゃりたいとのこと。私は95年3月に工芸科陶芸コース伊藤公象先生のもとを離れ、同年5月末にミラノに来ました。この国を選んだ理由は英語と寒い所が苦手なこと。イタリアのアルテ・ポーヴェラに惹かれていたこと。そして何より自国、家族、友人を離れるのであれば、最低限「食文化が栄えている」こと。美味しいご飯は心も体も癒す。「食」は人を良くする。
あれから20年。便利な住み慣れた日本を離れ、母国語ではない不自由な言語で「自由」に暮らしています。ファッション・デザインの都ミラノは「人間サイズの都会」。自分の手の届く範囲で好きなこと「ものをつくる」を続けていくのにぴったり場所。

「実用のあるものは芸術作品になりにくい」大学在学中お世話になった丸山聡先生の言葉。大きな作品が運び難いというブレラ美術学院時代の環境、様々なご縁が重なりこの街でジュエリー作りをしている。

生きることと作ることは似ている。頭の中の映像・感覚を外に出し、存在させる。その存在がない限りコミュンケーションは成立しない。人と人の間に生きることが「人間」。作ったジュエリーを通して、人と出会う。その方たちが私の生活も制作の発展も助けしてくださる。作品が出会った人の生活の一部となり、生かしてもらう。そしてなにより、その過程「作る」ということが単純に楽しい。楽しいことは仕事にならないという常識を完全に取り除けた今、本当にこの仕事を愛しているとはっきり言えるようになった。頭の中から出してみたいものがたくさんあり過ぎて、何を今選ぶべきなのかが毎日の課題だ。そんな時、今この瞬間に自分の目の前にあること、起きている出来事に無心で目を向けることができた時、何を引き出すべき時なのかが自然とわかることがある。そしてそれが目の前に現れ、触ることができた時、身につけた時、来るべき持ち主が現れてつけてくださった時、光が変わる。なんとも言えない幸福な瞬間。「今日は何が起こるんだろう」と作業台に座ってひたすら作る。その毎日の繰り返し。

でもこれは私個人の体験で、参考にならないでしょう。毎日の初体験の中で今現在のあなたなりのやり方・生き方を自由に見つけていってください。